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私のこれまでの歩み

2020年度コロナ禍の大学院特別講義「転写後に広がる生命世界 - RNAワールドによる生命情報制御のダイナミクス」(研究編)のスクリプトから抜粋、改変

今からもう20年前以上前になにりますが、皆さんのように卒研から研究をスタートさせました。

 

私は理学部生物科出身なのですが、当時の生物学というのは、私も通ってみてよくわかったのですが、当時に自分が期待していたようなものでは全然なかった。。大学とは、実際に入って見なければ案外何をやっているのかはっきりわからない、そんなものではないでしょうか? 私だけですかね(笑)? 大学に後悔はないけど、当時の生物科の研究に大した興味を持てなかった。だから講義でやったことなどほとんど頭に残ってないですよ(笑)。

 

この時も自分がやりたかったのはやはり基礎医学だったんですね、「ヒト疾患の遺伝子レベルの解明を目指したサイエンス」でした。

 

当時はまだヒトの遺伝子がいくつあるかも掴めてない時代で、ヒトゲノムを全て解読するというプロジェクトが世界的に進められていました。ヒトゲノムから遺伝子情報がわかれば疾患の原因を含め生命の多くの情報がリードアウトできるという期待が持たれていました。そんなわけで、ゲノムベースに医療に繋がる研究したいという思いが実は研究の出発点で、卒研は外部研究で千葉県がんセンターに入れてもらい、少しでも興味あるテーマで卒研に取り組んで卒業したいと思いました(写真:1997年千葉県がんセンターにて、インストラクターの研究員の方と共に)。

 

また、当時はそのままがんのゲノム医学に進んでいこうとも考えていました。

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ヒトの疾患研究というのは、実践的であり、医療につなげるという明確な目的があります。

それは当然のことで、患者や医療従事者からの研究者への願いは、病気の診断、治療や緩和への方法手段の確立であり、これ以外にはないのです。でも、ヒトを用いた研究というのは技術的限界、倫理的制限、様々な障壁があり、患者情報やサンプルを入手できる研究者や施設も限られています。私が学生だった頃はiPS細胞どころかヒトES細胞すら樹立されてませんでした。


病気につながる研究はヒト検体でなくとも哺乳類などの動物を使った研究で多くのことが理解できます。最新の研究技術とモデル動物などを駆使すれば、ヒト検体では全く不可能な生命現象の全貌を理解することが可能であり、このような生命活動の普遍的原理の解明は、将来の医療に対する未知の可能性を秘めるのではないかと、思うようになりました。。


私が結局大学院修士課程に入り私が選んだ研究は神経科学でした(2000年大阪大学医学部神経解剖研究部のメンバー。下段中央の大きな人が岡野栄之教授。私はどこにいるのでしょうか??)。

なぜかというと、免疫、がん、ゲノムはかなり多くの研究者が参入し大変競争の激しい分野でしたが、当時にまだ大きなブラックボックスが残されていたのが神経科学でした。当時は生物が学習し記憶する過程や分子メカニズムがようやく少しづつわかりかけていた頃でした。


しかしながら、脳の病気に至っては精神疾患や発達障害などの原因というのも全くわかってませんでしたし、誤った考え方も多くなされていました。例えば、発達障害や精神疾患は、親の子育てや患者の育ちや周囲環境で引き起こされるという考え方が非常に強かったのですが、現在では遺伝的背景が非常に大きいことがわかってきています。


また、「神経細胞は再生しない」という定着概念を覆す発見がどんどんなされ、これは今の脳再生医学につながっています。


学習、記憶、経験の生まれるメカニズムや心と性格の実体を解明するプロジェクトはまさにこのころから世界的に動き始めようとしていました。

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学位取得後もアカデミアでもう少しやってみたいという思いがまだありました。話があり、ちょうど慶応生理学教室に着任したばかりの柚崎通介先生に助教として入れてもらい、しばらくお世話になることになりました。

慶應の柚崎先生の研究室では学習や記憶の形成の鍵となるシナプスの形成メカニズムにフォーカスした研究を行いました。

小脳が主な研究材料でした。小脳は神経回路が単純に構成されており、脳研究の簡便モデルであるからです。また、小脳は運動学習の中枢です。小脳シナプスタンパク質の欠損マウスの多くは歩行をはじめ様々な協調運動に異常が顕著に現れることから、比較的容易に特定の分子や機能を行動学的に個体レベルで評価することが可能です。

私は今でもこの小脳系細胞を研究に利用しています。

ーーー 今振り返れば、柚崎先生のラボでは一定の成果が出せていて、小脳のシナプスオーガナイザーCbln1の発現制御などは本当に私独自の視点が生きた仕事だったと思います。さらに面白いデータもいっぱい出てきていたし、本当はもう少し柚崎ラボでやっていたかったというのが当時の思いです。

その反面、この時すでに私は年齢的に30半ばに差し掛かっており、変な話ですが、今後の人生に大きな不安を抱くようになりました。基礎研究の世界はやはり身分や生活が保障される場所ではないし、研究とは闘いなのだとはっきりその輪郭がわかるようになっていきました。

​ーーー 周りと同じであってはダメなのだと、何か偉業を残さないとやっていけないのではないか、自身で人生を打開する何か行動をとなければならない、と次第に焦燥感が高まっていきました。

「留学」という文字が頭に浮かんだのはこの時でした。とはいえ、当初は留学にかなり否定的でした。なぜなら、特に海外などに行かなくてもいい研究は国内でもできると思ったからです。当時は日本グループから毎年多くの著名な論文が生み出されていたわけですから、そこまで意味があるのでしょうか? 海外でうまくコミュニケーションが取れず、データも論文も出ず、丸裸になり孤立してしまうのではないか、得られるものより多くのものを失うことの方をはるかに気にしていました。
 
ですが、結婚しても当時まだ子供もいなかったし、何よりも海外で人生を変えることを妻に後押しされ、結局、柚崎ラボを辞めて海を渡ることにしました。(写真:2009年スイス渡航前のラボの走行会にて。岡野研のメンバーも駆けつけて下さいました。中央私の左が柚崎通介教授。)

当時、大雨の中で東京のアパートを引き払い、空の部屋を振り返った時急に怖くなったこと、飛行機が飛んでようやく腹がくくれたこと、晴天の中でヨーロッパアルプスが迎えてくれたことを今でも忘れません。

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ヨーロッパに舞台を変えスイスのバーゼルという街で研究を始めることにしました。
 
ボスであったPeter Scheiffele先生は、哺乳類でのシナプス形成因子の最初の発見者でNeurexinがNeuroliginという接着因子と複合体を形成してシナプスを作るということを証明した人物です。
 
これまでをはるかに凌ぐ面白いシナプス研究ができればというのが渡航の目標でした。一方で不安80%、期待20%というのが現実的だったのですが、それでも一大決心で日本を去ったのだから、夢は大きく持ちたいものです。

私のここでの研究の主役は上記のNeurexinでした。Neurexinは選択的スプライシングによって多様化され1000種類以上のバリアントが存在しているのですが、この様な多様性が何を意味するのかは、いまだに謎な部分が多いのですが、私の研究テーマはこの多様化の仕組みと意義を解明することでした。

ーーー

このバーゼルでのスプライシングの研究は、現在の私の研究に大きく繋がっており、やはり特に思い出深いのは、生命科学の最高峰雑誌「Cell」に自分の論文が掲載されたことです。当時の私の研究人生の集大成をここで一旦築くことができました。自分のやってきたことは決して間違いではなかったと。。
また自閉症の研究もここで得られた知見や経験がきっかけです。というわけで、私の人生のターニングポイントになったことは確かですね。。別の世界に踏み出すことは当然リスクだが、少なくとも私にとっては自分で自分の人生を変えられる手段は勇気しかないのだと今でも感じています。


ただ、どんないい業績を出しても、時間が経てばやはり風化して古くなってしまいます。達成したらそこからはもう過去であり、次に進んで行かねばならない。ゴールはなくて、またスタートラインにつくだけです。ですが、スターラインはいつも同じではないので、また違った相手と違った形で競争ができる、そこにはいろんな新たな発見もあり人との出会いもあり、そこが私の楽しみでもあるのですが、やっぱりエンドレスな苦しみでもあります。

遠い昔ですが、陸上をやってました。中学校から初めて15年以上、競技をやめるまで、ずっと上を目指しながら全国大会で走り続けていました。なんかこんな感じでした。。研究は明らかに競争の世界でありスポーツ競技と似ている、というか全く一緒なんだなあと。。

ちょっと余計な話でしたね。

ただ、成長し進化し続ける上で重要なのは、僕は結局のところやはり努力の積み上げだ思ってます。その場その場でちょっと一生懸命になったぐらいではやはり何も変えられない、どんな過去も現在も無駄にせず、全てを受け止めることで一歩前進できるのだと思います。

​(本文は2021年に執筆されたものです)




 




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